怒りを癒しに

11月9日に母を亡くして、もうすぐ2ヶ月。「まだ」なのか「もう」なのか。泣き続ける日々ではなくなりましたが、つい、以前のように「これ、母が喜びそうだな、買って行こうかな」「このこと、母に話したら大笑いするだろうな」そんなこと考えては、それができないことを思い出して涙がこぼれてしまう。今は、そんな毎日です。

亡くなる前の3カ月間ほど、私は、神様にいつも腹を立てていました。

母は、いくつもの重い病気を抱えていました。限界まで認知症の父を介護し、父を施設にお願いした直後、大きな病気が見つかりました。痛かったはずなのに、苦しかったはずなのに、誰をも、何をも恨まず、日々の暮らしの小さなことに喜びを見つけて、母は前向きに懸命に生きていました。

母は、ただ一生懸命に生きているだけなのに。なぜ神様は、こんなにも母を苦しめるのか。もしできるものなら神様の肩を揺すって、「どういう了見で母をこんな目に遭わせるのか」と問い正したいような気持ちでした。

怒りは飛び火して、マナーやモラルに反する行為、他人を尊重しない態度、といったものに向かいました。このような怒りは、私の場合、「これを見過ごしてはいけない。みんなが迷惑する」「同じような思いをする人が二度と出ないように」などといった利他的な動機が前面に出てくるため、「自分が怒っている」とは気づけないまま、相手に正論で挑もうとします。アンガーマネジメントを知らなければ、色々なところで、私は取り返しのつかないことをしていたでしょう。

今もまだ、私の心の中は悲しみでいっぱいです。寂しさも、後悔も、罪悪感もあります。私は、怒りを感じやすくなっているはずです。

今、私のデスクには、母が若い頃の笑顔の写真がたくさんあります。母は、とても幸せだった。そう思うと、心がとても慰められます。自分を笑顔にしてくれるものを回りに置く。これもアンガーマネジメントから教わったことです。だから、悲しいけれど、寂しいけれど、とても癒されています。これが怒りとなって表出するか、癒しにつながるか。この違いはとても大きいと思う。アンガーマネジメントに、私の人生は支えられています。